「ひよこの眼」(山田詠美)

語り手「私」が気づいていないことを気づかなくてはいけない

「ひよこの眼」(山田詠美)
(「日本文学100年の名作第8巻」)
 新潮文庫

転校してきた幹生の眼は、
「私」になぜか
懐かしさを感じさせた。
その原因が何であるか
わからぬまま、
幹生のことが好きなのだと
「私」は周囲から誤解を受ける。
やがて文化祭の実行委員に
「私」と幹生が選ばれ、
二人は接近していく…。

といっても、
甘い学園恋愛物語ではありません。
二人の気持ちは重なることなく、
幹生の死が語られます。
幹生の眼を「私」(名前は亜紀)が
懐かしいと感じたのは、
かつて妹が飼っていたひよこの、
死ぬ間際の「眼」に似ていたから。
ひよこの「眼」は、
生きることを諦めた
「死の匂いに満ちた」眼であり、
幹生の眼もまた
同じ影を宿していたのです。
再読していくつか気づきました。

一つは幹生の抱えている事情です。
作品中にはほとんど書かれていません。
しかし注目すべきは
級友たちの反応です。
「幹生は、
 その日から学校に来なかった。
 父親が病気を苦に自殺を計り、
 その道連れに
 されたのだという噂が、朝から、
 まことしやかに囁かれていた。
 けれど、皆、私を気づかって、
 騒ぐことも出来ないのだった」

ここからは、級友たちは
幹生の事情を薄々知っていて、
突然の欠席の事情もしっかりと
把握できていることがうかがえます。
それを知らなかったのは
前日まで一緒に放課後を過ごしていた
「私」だけなのです。

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本作品は「私」による
一人称の回想形式の作品であり、
幹生について書かれている情報は
多くなく、あってもそれは
「私」の目を通したものに過ぎません。
幹生はいくつかの箇所で
それを匂わせてはいるのですが、
「私」は意に介していません。
つまり、「見えていなかった」のです。

もう一つは、「私」は幹生のことを
気づかっているように見えて、
実際は自分の気持ちを
最優先させているということです。
「私は、彼を悲しい場所には
 置きたくないと思った。
 彼のことを
 心配しているというより、
 そうなったら、
 自分自身がやるせないだろうと
 予想したからだった」

それを考え合わせると、
「私」は幹生の悲しい立場が
「見えなかった」のではなく
「見ようとしなかった」のでは
ないかという疑いが生じるのです。

「まばたきもせずに
何かを見詰めている」幹生の眼が
現実世界の何ものをも
捉えていなかったのと同様に、
「私」の眼も、自身にとって不都合な
幹生の事情を何も
「見えていなかった」のです。
いや、「見えていた」のにそれを
意識しないようにしていたのです。

だとすると、
幹生の死に対して「泣き続けた」
「私」の姿は一体何だったのか?
最も近いところにいながら
その死を止めることのできなかった
ことを悔やんでいるのか?
そうではなさそうです。
「何と言って良いのか解らなかった。
 死ぬなんて憎らしいことだ。
 私は、ただそう思って
 泣き続けていた」

そこに見えるのもまた
「私」自身の内向きな気持ちなのです。

語り手「私」が気づいていないことを、
読み手が気づかなくては、
本作品の本質に踏み込むことは
できないのかもしれません。
なかなかに
読み解くのが難しい作品です。
山田詠美の文学は、
一筋縄ではいかないのでしょう。

※本作品は講談社文庫刊
 「晩年の子供」(山田詠美)でも
 読むことができます。

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※高校の国語の教科書に
 掲載されている作品です。
 ネットでいくつか指導案を
 見てみましたが、どうやら
 若い人間の捉えた「死生観」に
 的を絞っている例が多いようです。
 やや違和感を感じます。

〔本書収録作品一覧〕
1984|極楽まくらおとし図 深沢七郎
1984|美しい夏 佐藤泰志
1985|半日の放浪 高井有一
1986|薄情くじら 田辺聖子
1987|慶安御前試合 隆慶一郎
1989|力道山の弟 宮本輝
1989|出口 尾辻克彦
1990|掌のなかの海 開高健
1990|ひよこの眼 山田詠美
1991|白いメリーさん 中島らも
1992| 阿川弘之
1993|夏草 大城立裕
1993|神無月 宮部みゆき
1993|ものがたり 北村薫

(2022.5.19)

Nika AkinによるPixabayからの画像

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【今日のお知らせ2022.5.19】
以下の記事をリニューアルしました。

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